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プロフィール

ブログ名
しんせいのブログ
ブログ紹介
このブログは、私「しんせい」が気ままに言葉などを並べるためにあります。
実際に体験した事を材料にして書く事は多いですが、
人に何かを訴えたりコミュニケーションのためにこのブログを使う予定はありません。
なので、暗い内容の記事や、意味の分からない記事もあるかもしれませんが、
真に受けて私を心配したり失礼なやつだと思ったりせずに、
ただの言葉などの並んだものとして楽しんでいただければ嬉しいです。
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初夢

2019/01/03 08:44
今年初めて見た夢は、
子供に包丁で襲われる夢と、
子供が拳銃で人を撃つ夢でした。
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意味分かんない

2018/12/29 16:02
王様に権限を。
2等ですから。
簡単なことなんです。
シュメール人のそれは。
現実逃避をする気ですか?
気になります。
木になる実なので聞きました。
そうすることで、
皆が幸せになればいいのです。
ところで、句読点。
文字下がりは分かりません。
分かりまへん。
いんちき臭かったらごめんなさい。
まずまずですね。
というわけで、ここらで一発。
一杯をドアを開けたら
鍵を閉めて。
そう、決して忘れないように。
にんにくさんです。
ご来県。
おもしろい。
皆の衆に拍手を。
敬礼を。
全身麻痺。
ありがとうのありか。
マントヒヒじゃあるまいし。
ミストのミスト。
ミントケーキはいかがです。
はいそうです。
意味を失ったライオン。
みすみすミスリンが
参上しますよ。
いよいよのうどんまで。
タオルケットは餅。
クーラーボックスにつけ込んで、
アフロのおじさんに中心的。
それとも灯火?
放火ですか?
世界はそうしてめぐりんです。
めぐりゅー。
は、は、は
はうまっち。
ガタガタと実家。
あかさたの坂で。
ここにはさ。
揺れてるよ、風に。
飴もね。
柿の実かもり。
むすむす柿食ってんり。
さかさかのうえて。
リスの行事からて、
どうもござんした。
下衆の夢中ですね。
りすりす、どうかさかさまで。
お元気です。
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モネ展とムンク展

2018/11/26 20:14
ムンク展を見に、
上野の東京都美術館に友人と行った。


その少し前には、
横浜美術館のモネ展にひとりで行った。
ひどく感動したので
情熱を文章にしようと思っていたが、
それができないままムンク展を見た。


今度は見終わった後に、
僕と同じく興奮している友人と
すぐにカフェに入り感動を言葉に残そうと思った。
だが思ったことが多すぎて
何度書き始めても形にならなかった。

なので、見終わって二時間経つ今、
まだ興奮で混乱している中で、
順序立てるのは諦めて、
絵の感想ではなく起こったことを断片的に書こうと思う。


ムンクという人は、
有名な『叫び』を描いたこと以外はあまり知らないで行ったが、
とても熱い人で、
深い愛情を知っている人で、
人間を敬っている人で、

月や星ですら眩しすぎて、
太陽を見てしまった時には
あんなに頭のおかしくなる絵を描いてしまうくらい
心が動いてしまう人だった。

人の感情を絵に表す
その発想はあったけれど、
ムンクの絵は驚くほどそれに特化していた。
この女の人が好きなんだろうというのも分かった。

一緒に行った友人は
美術館にあまり行かない人で、
僕はじっくり絵を見るから別行動だったが、
僕がその人に重ねて絵を見ている時にばったり会った。
メモを取りながら絵を見ていた。
僕も次回からそうしようと思った。

友人とは印象に残った絵が同じものばかりだった。
僕は展示リストを見ながら、
好きな絵や気になった絵に印を付けながら回っていたが、
3番目の展示室あたりから
劇的に絵が輝きを持ち出し、
『叫び』などがある部屋では
涙を流さずに見ることは出来ず、
印を付けるのも忘れ夢中になっていた。
歩いて通り過ぎないといけない通路と知らずに立ち止まり注意された。
こんなに激しく素晴らしい絵と初めて知った。

初めの方の展示室では
ムンクという人の心の中は
どこまで悲しみで満ちているのかと思ったが、
中盤の絵は愛に満ちていた。

16時に入って、17時半が閉館だったので
閉館ごろにちょうど見終わるかと思って入ったが、
結局最後までちゃんとは見れなかった。

美術展に行くと毎回、
その時に自分に起こっている事に
ぴったりの作品ばかりだと思う。
偶然なのか、どんなに特別な境遇と思っても
そういうものはある程度皆に共通するものなのか。
今回も、この絵は僕のことを描いたのかと思うものがたくさんあった。
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生きてるだけで、愛。

2018/11/11 00:17
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『生きてるだけで、愛。』
友人に連れられて観て、
とてもとても良かった。

映画って、場面ごとに
具体的に思うことが常にありながら観るのに
観終わると「良かった」しか残らない。
本当に良いので皆さん観てください。

生きていくことだけで大変な人たちの映画です。
観ながら、心の中でタイトルを繰り返してました。

自分も鬱なのかもと思いました。
目覚ましが鳴りっぱなしだったり
時計で頭を叩いたり
ブレーカーが落ちて泣き叫んだり
ごみをそこら辺に投げたり
髪を掻き毟るのを我慢したり
などがあるあるでした。
友人にも言ってることが似てました。

演技も最高でした。
音楽が、大好きな世武さんが担当してるのに驚いた。

など。
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郷愁

2018/10/20 22:29
ふるさとが増えていく
って友人が前に言ってた

山口に戻りたい
山陽のあの田舎に

沿岸地方を通っていく
あの古い列車と
雲の影がかかっている
あの山に囲まれた田舎が
僕の新しい故郷だ
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旅のまとめ(短い)

2018/10/18 12:54
夢でお告げがあった玖珂を旅して、
神秘的な出会いはなかった。
でも、これをきっかけに、
各地の伝説を調べてみるのも
面白そうだと思った。
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三日目・四日目

2018/10/18 12:45
三日目の昨日は
始発に間に合うギリギリの時刻に目覚めることが出来て
走って湯田温泉駅に行った。


8時過ぎには玖珂に着いて、
川沿いの桜づつみ公園を歩く。
ゆったりとした東屋などがあり、
広々として心地よい場所だった。


急いで玖珂に来たが、
行きたい場所はなかった。


旅行で、今年に入ってコツコツ貯めていたお金は
なくなってしまった。
計画不足で遠いホテルの高い部屋になってしまったのが
反省点だと友人に話すと
「(楽しい旅行で)反省なんてしないで」と笑われた。


昨日行った中華食堂に行きたくなり、
11時の開店を待つために公園の椅子に腰を下ろした。
公園や公共施設がたくさんあって、人が少なく、
この町はいい所だ。
少しうとうとした。


チャーハンと、カシューナッツ入りの炒め物を
両方頼んだら多くないかと店員に訊いたら多くないそうだ。
僕はカシューナッツが好きで、
中国やインドの料理店にたまにあるカシューナッツの炒め物は最高だ。


伝説に出て来る野口を通って、
玖・珂の玉が描かれているトンネルを探しに行くか、
山の上の展望台に登るか迷い、
山を登ることにした。


玖・珂の玉の絵はどこかのサイトで見たが
(玖の玉は黒岩の玉、珂の玉は瑪瑙(めろう)潔白の玉と書いてある。
漢字の意味を調べると、
「玖」は黒色の美しい石、「珂」は白瑪瑙だそうだ。
どちらも石や宝石の玉を表す)
見つかるか分からない。
展望台は登らなかったら後悔しそうな予感がした。
楽しそうだからではない。


友人と電話もしていたので、
車がうるさくない山道だと都合が良かった。
地図に道も載ってなかったが、
休憩場所や階段があったり、
意外と登りやすいように手が加えてあった。
頂上からは玖珂盆地が見渡せた。
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詩やラジオドラマなどを作っている仲間と
冊子を作ろうとしている、
創作の会のことも話し合った。


山を下りてから住宅のある山間部を歩くと、
町のまだ見ていなかった所は親しみやすく暖かかった。
玖珂は神秘的な場所という勝手なバイアスを持って
巡っていくのは面白いことだ。


夕方になる前に電車に乗り、
山口市がある盆地を歩いて、
お土産を買ったり瓦そばを食べたりした。


夜は何も創作できなかった。


今日は朝、新幹線に乗って、
玖珂盆地を見送りたいと思っていたのに、
そこを通る5分間だけ意識が飛んで、
他の時間は起きていた。


広島で降りて、またむさしで
おむすびと弁当を買った。
消費期限が持つ限り食べていたいと思ったからだ。


友人に、しんせいさんの文章はかなしい、と言われた。
たしかに読み返すと考え方がネガティブなのかもしれない。


大人になって、自分の気持ちを問われることがたまにあるが、
僕は自分の気持ちが分からない。


夜は、高校の同級生たちとの食事に誘ってもらえて、楽しみ。
明日からの仕事に向けて、旅の余韻ばかりではしんどかったと思う。
飲み会は暖かい場所に思われるから、救ってもらえた。
最近は人に会いすぎだな。
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二日目

2018/10/17 09:18
昨日は6:01の電車に乗って玖珂に行きたかったが、
起きたのは6時半だった。
旅先でも朝起きられないのは変わらないか……。

8時過ぎに着くはずだった目的の電車の
次を調べると到着は12時だった。
一本逃すだけで4時間も遅れてしまうなんて……。
絶望だった。



予定を変更して、午後に行こうと思っていた中也記念館に
開館と同時に行くことにした。
これは良い選択だったと思う。
中原中也記念館は9時開館で、電車は10時過ぎ発。
美術館ではないので中を見るのにそんなに時間は掛からなかった
(僕は絵を観るのにかける時間が人より長いので美術館はいつも回るのに2時間くらいかかる)。

散歩に関する企画展で、
中原中也も今の詩人や、科学者などの考える仕事の人たちと同じように
歩きながら思索に耽り、
創作ノートを持ち歩いて言葉を直したりしていた。
また尋常六年の時の作文がとても子どもが書くようなものではなく、
詩人の文章になっていたことに驚いた。
しかし、原稿用紙に書かれた詩の原稿の筆跡は、
想像どおりの投げやりな字だった。
来場者が書き残したメッセージは、もっとゆっくり読んでみたかった。
他の人たちは彼の詩を読んで何を感じているのか知りたかった。



だがまあ、ちょうど良い時間で中原中也記念館を回り終わり、
10:06発の電車に乗ると、また絶望させるアクシデントがあった。
他の列車から煙が出て、その影響で電車は遅れて到着すると言う。
乗り換えもあるので、遅れたら到着は遂に15時近くになってしまう。
12時はまだ時間があるが、15時に着いても、日もすぐに暮れて、どこにも行けない。

結果的には、2回あった乗り換えの電車はどちらも待ってくれていた。
本数が少ないが、鉄道の対応は良くて、電車や駅で働く人たちは皆親切だった。
こちらの電車はワンマン列車が多く、バスみたいに整理券を取って乗ることも出来、
運転士のそばの扉から電車を降りる。
無人駅も多く、有人駅でも夜遅いと駅員さんは帰っていて、
券売機で切符を買うか、電車の中で精算してください、と書いてある。

湯田温泉駅で駅員さんに「玖珂まで」と伝えると、
聞いたことがない様子だった。
「何県ですか?」と訊かれた。
県内の駅員も聞き直すほど目立たない場所なのか……。



玖珂に着いた。
ここが玖珂か。何かを僕に伝えようとしている町……
(『君の名は。』の見すぎと言われた。そうかも。
あとはドグラ・マグラっぽい)。
と思い歩いていると、緊張からか、視界が狭く見渡しづらかった。

小さな中華料理店で食事をした後、ちょうど良い少しの距離を歩いて
玖珂図書館に行った。
1階と2階がある図書館で、2階の郷土資料コーナーでいろいろな資料を探した。
玖珂の地名の由来をテーマにしていたが、それを大きく取り上げている本は見つからなかった。

そもそも、玖の玉・珂の玉の伝説は
清玖山浄光寺が所蔵している『清玖山上古記』に書かれていて
その情報についてどの資料も書いていた。
野口という所から「玖と珂の雙玉(二つの玉)」が出て、
玖は平生町の般若寺に、珂は周東町の二井寺に納められたそうだ。
しかし、調べた別の資料を書いた人が両寺院を訪ねても詳細は分からなかったそうだ。
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筏山(いかだやま)古墳という古墳は、Google Mapsにも載っていなかった。
玖珂中学校の裏山にあるという情報で行ってみると、
入って良いのか分からないようなところに看板を見つけた。
小さな古墳(これは再現してあるもので、元は別の場所にあった)はすぐそばにあった。
看板には人骨の写真があり、怖がらせるにはあからさまだな、と心の中で思った。
場所も場所で日も暮れかけていたし。

玖珂中学校は、一つの教室を残して真っ暗で人影もなく、
一つの教室では合唱の練習がされていた。
午後4時過ぎ。
この辺は過疎化しているのだろう。
廃校も見たし、廃墟のような集合住宅や建物も多い。
玖珂中学校の校歌にも、「玖の玉」と「珂の玉」が出てくる。



午後に湯田温泉に戻る必要が無くなったため、
勧められていたいろり山賊に行ってみた。
車で行く所らしくて、途中から歩道がなくなり心細くなった。
歩いてもいいのか。歩道が途中まであるのだから。引き返せということ?
次の日に行くつもりで調べていたので、今日はメインの建物は休業日で、
もう一つの建物で食事をした。

5時台だったのでまだ空いていた。
一人で入る所ではないだろうと思ってはいたが、やはり一人では居にくかった。
一人で優雅にするのは、やはり虚しくて辛かった。
しかし山賊焼きは美味しかった。

隣に夫婦が座ったが、会話は少なく、
妻は時々夫に向けて笑いながら話しかけるが、
夫は料理が来るまで寝そべっていてほとんど言葉を発しなかった。
こういう人は元々は優しい人かもしれない。
どこか心の中に失敗と言い訳のようなものを抱えて生きているのだろう。

終電はもっとあるのだが、
ホテルで創作をする時間も昨日こそは作りたくて、
早めの電車に間に合わせようと、酒もそこそこにして少し急いだ。



湯田温泉には21:00に着いた。
ホテルに入る前に、前日見たのとは別の中原中也詩碑を目指して散歩をした
(そこには種田山頭火の句碑もあった)。

途中、足湯に脚を入れて談話をする女性二人組を見た。
一人旅じゃなかったら、楽しめることがたくさんあったな。
見ているだけで、浸れない、とずっと感じていた。
違和感は、自分のせいではなく一人旅だから仕方がない、
これでいいのだと気付いた。

しかし、時間がない、とずっと感じて一日を過ごした。
スケジュールが詰まっているのもそうだが、
この旅が終わってしまうのが嫌なのだ。
現実逃避のための旅になってはいけない。
普段の暮らしの中でもっと頑張って充実感を感じないと
(僕の場合は生活と言った場合は音楽のことが全て)。
昨日は玖珂のことを何も知らないで行ったけれど、
今日は少し知っているから楽しむ余裕も持てそう、と思った。



玖珂を見て湯田温泉に来ると都会に感じる。
ホテルに着いてからは力が尽きて、
そのまま眠らないように注意していたのだけれど、
ぐったりしたまま無駄な時間はあっという間に過ぎ、
激しい後悔と自己嫌悪に襲われた。
ホテルの温泉の時間も終わってしまって、創作も出来なかった。

ホテルでなく、玖珂で旅館を見つけられていたら、
移動時間もなく、もっと焦らずに充実できたと思った。
ホテルのお金も高いのに……。
後悔の念の中で一つの曲が思い浮かんで、
少しだけ作れたのは救いだった。
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一日目

2018/10/16 00:42
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贅沢な空間が苦手で、
一人じゃなければまだいいのだけれど、
逃げたくなる。

宿を予約していなくて、
本当は旅館が良かったんだけど、
空いてたのは目的地まで電車で2時間の、
11階のツインルーム。

贅沢な場所に閉じ込められ、
悲しくて寂しく、
息も苦しいように感じたので、
せめて、と、カーテンを開けました。



でもこの場所は、湯田温泉。
中原中也の生まれた地です。
ホテルの目の前の公園にも、
中原中也の記念碑があります。

昔この地のお寺で、
白狐が片足を池のある部分に浸けていたのを
和尚さんが不思議に思って調べると、
温泉が出ていて、
たくさんの人の病気が治ったというのが
湯田温泉の発祥らしいです。

そんな温泉のある暖かな場所で
中原中也は生まれたんですね。



この詩人はつらくなかったのでしょうか。
自分の心を見つめすぎると壊れてきてしまいます。

最近感情がなくなってきてしまいました。
記憶力も悪くて、
前はその分たくさんのことが思いついたのですが、
今はただただ空白です。

屋上の露天風呂はホテルの名前が大きく見えていて、
そこだけしか見えないと関東にいるのと同じです。
星は出ていなくて、さっき見た月はぼやけていました。

水中で息を止めているような苦しさを感じてお風呂はすぐに上がってしまいました。
ベッドが二つあるこの部屋は静かで寂しい。

作曲をしたり本を読んだりいろいろしたくて、
いろいろ持ってきたのですが、
明日(今日)は早く起きて玖珂に行こうと思ってるので、
申し訳程度に作曲などをして早めに寝ようと思います。
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お告げ旅行

2018/10/14 22:22
明日から一人旅に出ます。
夢でお告げがあった場所に。


こういうのをお告げと言うのでいいのでしょうか。
一年くらい前だったでしょうか。
「ここは『玖珂』という場所です」
「王ヘンに久しい、王ヘンに可能の可で玖珂です」
「みんな『くが』と読んでいますが、本当は『くか』と読みます」
起きてからも鮮明に覚えていたので、
調べると玖珂という場所は山口県にありました。
ガイドブックにも片隅にしか書いてない地味な場所なのに、
地名も漢字も夢の中に出てきたまんまで存在しました。


玖珂の地名の由来はWikipediaによると、
「奈良時代(第44代元正天皇)ごろに、当地から玖の玉と珂の玉の2霊玉が出現したという伝説がある。」
とのことですが、霊玉という言葉は辞書に見当たりませんでした。
神秘的な匂いは十分にしています。


玖珂で誰かと出会うのか、
先祖が何かを伝えようとしているのか、
僕が玖珂で死ぬという可能性もあると思い、
こうして事前に夢を見たということを書き残しておきます。


玖珂の読み方についても調べてこようと思います。
では、行ってきます。
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天災

2018/10/01 01:31
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夜中に火災報知器が鳴った。
マンションの他の部屋の人たちが外に出てきてた。
結果的には誤作動だったみたいだった。
普段は挨拶すらしないくらいの
他の部屋の人たちと話して
一体になれたような気がした。

火災報知器の誤作動は、以前、別の台風の日にもあった。

今回の台風は強くなると言われていて、
最近に西日本で災害もあったから
電車が運休を決めた。
日本でもこんな決断をすることがあるんだなと感心した。
駅の売店もみんな早くに閉まった。

人間が自然に勝てないということを再確認すると、
僕は安心をする。
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音楽作りのテーマとルール

2018/09/21 01:43
詩人は精神を病んでいる人が多いという話をしました。
精神を病んだ詩人や芸術家が美しいものを作るのか。
あるいは創作するために自分の内面を見つめ過ぎてしまった結果病んでしまうのか。

音楽を作っているのですが、
ここ10年くらいを自分で勝手に低迷期だと思っています。
そのブランクから抜け出すための音楽への向かい方を考えている中で、
今年下半期のテーマは「悲しさ」を表現することに決めました。
誰かが「悲しみは表現した時に最も美しい感情だ」ということを言っていました。

……頭が働いてないので、詩を書いている友人に送った言葉をそのまま引用します。昨日気付いたことです……。


今日思ったんですけど、
どんな気持ちも表現したいと考えると
ネガティブな気持ちにずっと向き合わなければいけなくなるので、
作品にならなさそうな感情はさっさと見切りをつけて忘れることにしました。


その友人は、ネガティブな感情も作品にすると救われるらしいです。



夜は、悲しい。
楽しいことの次の日は、孤独だ。
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2018/09/15 23:26
今日、仕事で高速道路を運転中に
(あ、自分は死んでしまうかもしれない)
と思った。
頭を地面に打った時の
鼻の奥で感じる匂いがしていたからだ。
それは長いこと続いていた。

何か出来事が起きた時、
その影響は未来に向かって拡がるが、
過去にも少しは拡がりがあるかもしれないと思っている。
地震の少し前に動物が騒ぐのは
地震の過去に向けての僅かな拡がりを
察知しているからではないかと、僕は考えることがある。

大きな交通事故に巻き込まれて死ぬのだろうと思った。
この続いている鼻の奥の匂いは、かなりの大事故だろう。
煽り運転や乱暴な運転をしている車も、今日は目に見えて多い。

突然死んだら、遠くに住んでいる友人の元に連絡は入るのか。
僕とLINEや電話が繋がらなくなり不思議に思うだろうか。

そんなことを考えながら通り過ぎて行く街並みを見ていたら
まだこの世には楽しいことがたくさんある気がして、
急に名残惜しくなってきた。
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インド料理

2018/09/04 21:37
一階と二階の分かれているインド料理屋の
二階でバイキング。
ナンて日だ。
さっきまでいた別の客が帰って
店員も一階に降りてて
自分一人。
異国の装飾の部屋の中で。
ほろ酔いで。
眼鏡で。
眼鏡だと視界がいつもと違っていてさらに酔って感じる。
台風だけど雨は降ってなくて
外は人が少なくて最高。
深夜みたいだけどまだそんなに遅くない。
まだ仕事の時間も来ない。
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悪魔

2018/08/23 23:27
悪魔のような
緑色のファイル
5ポケットの、便利な
これを買った田舎の閑散とした文具売り場も
学校の帰りに行ったことも
親が食料品を買ってる間に行ったことも
覚えている

古い紙の整理を始めてしまって
ホームシックへ逆戻りさせる要因が
そこら中に転がっている

しかしこんな膨大な数の楽譜を
いつの間に書いたかは思い出せない
そのおかげで
ノスタルジアが今の自分への怒りに変わり
ここ何日かの何にも興味を持てない
心配していた無気力感が少しマシになって
少しのエネルギーを得た
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ホームシック

2018/08/16 21:27
食欲もないけど、空腹から来てる腹痛かもしれない。
スパイスの強い香りで恐怖に似た寂しさを紛らわせられるかもしれないと、
近くのアジア料理屋に来た。狭い自分の部屋にいたら良くないしね。
この時間だからか客は自分一人で、店員たちが外国語で話しているのは何を言っているか分からなくて落ち着きます。

また数週間ホームシックに苦しむと思います。
もうしばらく帰省はしなくていい。
今回は実家でもほとんど自分の部屋にこもっていて、
音楽を作らないとと思ってそうしたのだけれど、何事も中途半端で家族との思い出も作れずに終わったから、
良くない休暇でした。
その後悔もあってか、家に着いた瞬間から、終わってしまったことへの恐さでどうしたらいいのか分からなくなってしまいました。
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2018/08/10 02:20
夢ほど悲しくて悔しさに項垂れるものはない。
起きるといつも安心する。

ここ10年くらいポジティブな夢を見てない気がする。
いつも何かを失ったり誰かを悲しませたり後悔したり失敗したりする夢だ。
死んだはずの人やペットに会えることが唯一良いところだけど物悲しい雰囲気もする。
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断捨離

2018/08/06 13:00
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昔に書いた紙を捨てたら
これから生きていけなくなるのではないかと不安です。
物を極力減らしたくて、
もともと捨てるのは苦手なのですが、
写真に残しておけばせめて思い出せると思って
物を捨てる時は必ず写真を撮ってから捨てています。
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懐かしさ

2018/08/04 20:00
思い出すために、全てのことをしています。
ノスタルジアを感じるためにコンビニで食べ物を選び、
行く場所を探して彷徨い、
クーラーの効いた寝室、
タオルを顔に当てた手触り、
快適を求めたい時、
過去を探す以外に僕は方法が見つからなくなってしまいました。


今、スーパーでアイスの売り場を見ても全然ときめかないことに気がつきました。
ただ素通りするだけです。
アイスクリームを食べることが大きな幸せだった頃に、
思う存分食べさせてくれれば良かったのに、
でも思う存分なんていうのは起こり得ないのだとも思っています。
満たされないまま、形にならないまま、
いろんなことが過ぎていく。
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2018/08/02 19:50
踊る阿呆に見る阿呆
最後の連が行くと一緒に
観客達は席を立ち
皆集まった交差点を
白い光が見えなくする



この熱狂はライトの熱か
昼の猛暑の名残か
盛り上がってく太鼓の音に
街の鼓動が同期して
人の呼吸は聞こえない
夏がここ一番の高まりを見せて
今、終わっていく
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『ゲッベルスと私』

2018/06/25 13:29
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これを観ました。

今日、古本を見に神保町へ行き、
荷物が重かったのでコインロッカーを探し歩いていると、
岩波ホールの建物の下にこの映画の広告を見つけました。

最近知って、観たいと思っていた映画です。
普段そういうのはiPhoneのリマインダーにメモしてあるのですが、
メモし忘れていてブラウザの履歴にはありました。
神保町に行かなければ忘れたままだったと思います。
上映時刻も15分後で、運命を感じ観ることにしました。

映画は頭の中でまとまっている考えをほぐしてバラバラにしてくれるもので、
観た直後に考えが身を結ぶべきだとは思わないので、
うまい感想は言わないようにしたいし言えないのですが、
最後に出て来た「正義なんて存在しない」という言葉は、
それが映画の中で出なくても、そのシーンまでに既に頭の中で響いていた言葉でした。
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ホームシック

2018/06/20 18:55
これは病的なホームシックだ。
以前母に「ホームシックになった」と伝えたら「嬉しい」と言われて腹が立った。
僕のホームシックは単に「懐かしい」という気持ちではなくて、
パニックのような、息も苦しくて誰かに助けを求めたい深刻な状態なのだ。

これを引き起こしているのは、不安と、そして孤独だ。
知っている人がいる場所から離れて、一人で小さい部屋にいる恐怖。
カーテンが閉まっていると閉ざされている部屋になり余計に恐い。

家や家族が恋しいのとも少し違う。
故郷という場所が恋しいのでもなくて、
故郷で過ごした時間を思い出すことで安心しようとしているのだ。
仕事ややりたいことが上手く行っていない時ほど苦しくなる。
どうなるか不安な今に対して、なんとかなってきたと分かっている過去。

ホームシックになるタイミングは、帰省から戻った後だ。
しばらく離れている時は問題ない。
帰省が終わると苦しくなるので、最近は帰省そのものが恐い。
一人暮らしに戻ると、精神が不安定になる。
そのタイミングはだんだんと早まっている。
これから帰省を終える、まだ実家にいる時にホームシックになることがあるようになった。
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公園の巨人

2018/06/18 18:38
僕が座った公園のベンチは軋んで大きな音を立てた。

僕は持ってきたパンを鞄から取り出し、
鳥が近くに現れるのを待った。

カラスは頭上の枝に一段降りて来たが、その場所に留まった。

しばらくして一羽の雀が仲間との会話の途中でたまたま地面に降りて来たので、
パンを小さくちぎって放ると、警戒をしながら素早く取って去って行った。
少しするとまたパンを咥えた雀が近くの枯れ葉の上に降り、僕の顔をチラッと見上げて去った。
その後その場所は沈黙が深まったが、雀たちが僕の噂をしていることは明らかだった。

案の定少しすると近くの木の枝が揺れたり、茂みの中がガサガサと音を立てたりし、
雀が代わる代わるパンを求めて来るようになった。
横目で僕を見てなかなか近づけない者、
一つ前に投げたパンをも確保しようとする者、
逃げることに慎重になりすぎてパンを取り損ねる者、
様々な性格を持った雀に笑えた。

足元ではさっきあげ損ねたパンを運ぶアリが歩いていた。

あらゆる者がこの巨人を取り囲み、恩恵を受けていた。
仲間と連携を取った蚊が僕を囲み始めたのには困ったので、もう少しで帰ることにした。

薄くなっている芝生の上に霰のような花を転がしているシロツメクサが遠くまで広がる公園で、
間隔を空けて植えられた青い大きな木に見下ろされた午後だった。
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特急にて

2018/06/18 16:43
特急列車に乗っている時間は自分にとって貴重だ。
上野からいわきまで2時間。往復4時間。
この時間のために毎回帰省をしていると言っても過言ではない。

「しんせいさんって真面目ですよね」と最近もまた言われたけど、
自分より不真面目な人は本当に少ないと思う。
知っている人ではいない。
ゴミ屋敷に住んでいる人などは数少ない自分よりも不真面目な人だと思う。
共感することさえある。
だから危機感を持つためにたまにゴミ屋敷の特集を見る。
周りの人に見捨てられるのが恐いから真面目ぶっているだけだ。
自分は、本当はテスト勉強を全くしていないのに「少し勉強した」と言うタイプだ。

何か活動をするエネルギーを持つ方法として、
・特急や新幹線に乗るか、
・カフェインを摂取すればいいことを、
この1〜2年でやっと見出すことが出来た。
怠け者だからすぐに疲れてしまい何も出来ずに、
次の日に自己嫌悪に陥りまた立ち上がるエネルギーを持てないことを繰り返していましたが、
ようやくこの具体策を見つけ少しずつ活動をしています。

4時間の貴重な時間の中にいるため、この記事もあまり練らずに出来るだけ早く書き切るつもりです。
ただ、過去を忘れてしまうことに昔から大きな恐怖心を持っているため、
人に見られても問題なさそうなことはこうしてブログに書き、
それ以外のことや人の名前が出てくることは自分だけが見る日記に書くようにしています。
最近は気持ちがコロコロ変わってなかなかそれが出来ていないので、久しぶりです。

Twitterの自己紹介の文に、「音楽と物理と鳥とコーヒーが好き」と書いています。
自分にとって活動とは音楽と物理のことで、
音楽は自作曲の録音作品作りです。
音楽を、人気になるための道具のように認識している人がほとんどな中で、
音楽そのもの、耳に届く音そのものが価値を持つように、
幅広いことを表現して美しさを感じられる作品を創作するのが目的です。
物理は、専門に研究している人がいる中で言うのも恥ずかしいのですが、
あくまで個人的に、趣味として、勉強するのが好きで、
多くの専門書が具体例と一般論が入り混じっている中で、
より純粋な一般論を自分なりに求めています。
音楽の活動で煮詰まった時に、趣味の物理の勉強をしています。
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音声認識

2018/06/09 22:46
音声入力で書いています音楽投稿サイトに投稿して演奏した演奏がものすごく気持ち悪くて最悪で何も良さがなくてリズムもぐちゃぐちゃで1つもいいところがなくて自己嫌悪になっています消えるでも投稿したものを消してしまったら投稿しようどうしたい石井までなかったことになってしまうことが怖くて聞いている人に失礼なことだとは思うけど投稿を消さないままでいて投稿すると決めてしまったので消せないままでいます今朝なかったらそのことがずっと気になって気にかかったままでずっと気になっているままで気にかかっているだけで前に進めない。気にかかっていることが詰まってどんどん増えていってしまうので投稿残したままに鈴平辺なってませんせざるをえません普段は文章を何度も遂行していますがそれだと最近は日記を書くことができないまま書こうと思っていたことが溜まってずっと書けないままでずっと積もって多くの多くなってしまってどんどん増えていってしまうのでこうして音声入力で思いついた順番に書いています頭に浮かんだ言葉普段すぐ消えてまた別のことを思い浮かんでそれを記録する前でもなくお前が消えてしまうので思いが消えてしまうので何何も残せないのは残せないままですこんななんでもないないよなんでもない内容何の意味もない2つぐらいしか書いてない何かを書こうとしてもすぐに消えてしまう家に帰る瞬間は大抵イライラしていて電車の中で人と少し触れるだけでもものすごくイライラしてしまって下を向いたまま家に入ることがほとんどでも今日は宅配が届いて一時的にテンションが上がって楽しくなって楽しくなってでも気持ちはコロコロと変わるので今は椅子の上にうなだれたまま最近はこういうことが多いイライラする経験が増えていって普通はだんだん慣れていって少しのことでは起こらなくなるのかな自分がその逆にイライラできるものはどんどん身の回りで増えていっていちどイライラしたことを想い出して覚えていて記憶してどんどんスレが積み重なって住み重なって増えて自分の経験としてあらゆるものにイライラ出来るようになって朝の駅の階段を上るときに足がものすごく疲れる楽しいことがあるとその後が怖いと高校の時は持って行った後を書くことを何を書くか何ているのか忘れた
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火と水

2018/04/15 22:58
炎のように燃えたかと思えば、次の瞬間には海底の水のように動かなくなる僕の心。
パチパチと火の粉が起こらなければ、何もやる気が起きないのだ。

気分が盛り上がることがあるとその後の2?3日は理由もなく落ち込むので、僕は楽しい気持ちも恐かった。

音楽のように熱中するものがなければ僕の人生は変わっていたかもしれないと思うことがある。
でもきっと僕はもともとこういう性格なんだ。
部屋に集まった小物たちは鮮やかな赤や青かと思えば、黄色に緑、白。
華やかというより、トゲトゲしている。
ずっとこのままなのだろうと、刺し傷を感じる僕の心のように。
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最後の春休み

2018/04/09 17:59
使わずにあった電子辞書を売るために
それを鞄に入れて自転車に乗った。
電子辞書を鞄に入れると、
高校生に戻ったみたい。

向かい風が爽やかで、
前向きな気持ちになる。
自分の中の不穏な空気が消え、
心が落ち着いている。

今に自信がないから
変化してしまうことがこわい。
変化を恐れていると、
時代が移り変わるのがすごく早い。

でも、電子辞書が鞄に入っていると
今いる場所さえ地元みたいで懐かしい。
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虫の夢

2018/04/02 13:15
今日見た夢。

学校の授業で「虫を育てよう」というのがあって、
いろんな小さい虫が入った箱と、水槽型の飼育ケースと、餌になるという液体が配られた。
他の子たちは液体が入った水槽に箱の虫を少しだけ入れたのに、
自分は知らずに箱の中の全部の虫を入れてしまった。

他の子の水槽は液体の中に少しの虫が泳いでいたが、
自分の水槽は虫が液体をあっという間に食べ尽くし、
黒くどろどろとした虫の塊がうごめいていて、その中に三匹のスズメバチもいた。

スズメバチは怒っているように見え、
僕は怖いので殺さなくてはいけないと思った。
スズメバチに何もされていないのに。
やがてスズメバチは動かなくなったが、
スズメバチの生命力がどれほどのものなのか知らないし怖いので、
僕は動かないスズメバチを徹底的に、過剰にとどめを刺さないといけないと思った。
スズメバチに何もされていないのに。

僕は死んだスズメバチを囲う虫の塊に念入りに蓋をし、
もう授業などどうでも良いからこのどろどろした虫の塊を始末しようと思った。

その後向かった風呂桶か水槽のある部屋で水をこぼしてしまい、
いらないタオルを使って拭いていると、
父親が母親のことを病的な怨みの篭った言い方で「こんな古いタオルをいつまでも残しておきやがって……」と呟いた。
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3/19のライブ

2018/03/26 17:46
3/19のライブの様子をYouTubeに上げました。

カメラマン(途中から) https://youtu.be/R2VSsNbcYXg
写真 https://youtu.be/OVW0ofZsfwY
After Hours (The Velvet Undergroundのカバー) https://youtu.be/Uj2kyHyqwVc
空白 https://youtu.be/lOVmwfMaU7c
線路 https://youtu.be/fVil2qkXQZQ
(無題) https://youtu.be/1B8bphAGTbI
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『一筋の電波』

2018/02/14 22:14
ありがとう……
まるでどこからか
僕の姿を見ているかのように
君は今僕を救った……

広くて真っ暗な
宇宙の真ん中
でもたしかに電波の筋は
君の姿を宙に映している

どうして僕に気がついた?
光も音もない世界なのに
すぐ隣に君が見える
呼吸の音も聞こえる
君の明るさを思い出し
僕はいつの間にか元いた
穏やかな光の世界で
打ち負かされたまま……

(2018/2/14)
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